きっかけはThreadsの短いコメント
飲食系の投稿を眺めていたら、コメント欄にひとこと書かれていました。
「国保の見直しかな」
それだけ。説明も何もない。でも妙に引っかかりました。
国民健康保険に「見直し」なんてあるのか。区役所から届く通知書を見て、そのまま払っていただけだったので。
調べてみたら、知らない世界がありました。
業種ごとの「国保組合」というルート
国民健康保険には、区市町村が運営するもの以外に、業種別の国民健康保険組合という仕組みがあります。
医師、税理士、建設業、文芸美術。そして飲食業にもある。
東京の飲食店向けが、東京食品販売国民健康保険組合(通称・東食国保)です。
最大の特徴はここ。
- 区市町村の国保 → 所得に比例して上がる
- 国保組合 → 所得に関係なく定額
売上が伸びても、保険料は1円も変わらない。これは大きい。
シミュレーターが、所得を聞いてこない
公式サイトに保険料の自動計算シミュレーターがあります。
入力するのは3つだけ。
- 加入する人数
- 0〜17歳が何人か
- 40〜64歳が何人か
所得の入力欄がありません。 最初は入れ忘れたのかと思って画面を見返しました。でも本当にない。定額制だから必要ないんです。
なぜこの3つを聞かれるのか。保険料の内訳を見ると腑に落ちました。
- 加入人数 → 基本の保険料が段階的に決まる
- 0〜17歳 → 介護分も子育て支援金分もかからない層
- 40〜64歳 → 介護分が上乗せされる層
つまり同じ4人世帯でも、中身が「大人4人」なのか「大人2人+子ども2人」なのかで金額は変わります。所得ではなく世帯の年齢構成だけで決まる仕組み。
自分の家族構成を入れて、出てきた金額と、いま払っている保険料を見比べました。
はっきり差がつきました。 それも「ちょっと安い」ではなく、桁の感覚が変わるレベルで。
公表されている保険料はこうなっています(事業主組合員・月額/令和8年4月〜)。
| 加入人数 | 月額保険料 |
|---|---|
| 1人 | 23,000円 |
| 2人 | 33,300円 |
| 3人 | 43,600円 |
| 4人 | 53,900円 |
ここに40〜64歳は1人あたり4,400円、18歳以上は1人あたり400円が加算されます。だから同じ人数でも子どもが多い世帯ほど安くなる。
一方、東京23区の国保は均等割が1人あたり年83,000円、そこに12.74%の所得割が乗ります。上限は年110万円です。
※この均等割と料率は40〜64歳(介護保険料あり)の場合。40歳未満なら均等割65,200円・所得割10.31%になります。
つまり所得が上がるほど差は開き、高所得なら年間70万円以上変わってくる計算になります。
意気揚々と問い合わせて、断られた
これは入るしかない。そう思ってメールで問い合わせました。
返ってきた答え。
〇〇店様は法人事業所でいらっしゃるかと存じますが、法人事業所様におかれましては申し訳ございませんが当組合にご加入いただくことは出来ません。
加入できるのは、都内に固定店舗を構えて営業許可を取っている個人事業主とその従業員・家族。
僕は個人事業主です。確定申告も自分でやっている。それでも、ダメでした。
決めていたのは「営業許可の名義」だった
理由を突き詰めると、1枚の紙に行き着きました。営業許可書です。
うちの店の営業許可書を確認したら、営業者の欄に入っていたのは本部の法人名でした。
僕の名前はどこにもない。当然です。僕は本部から店舗運営を業務委託されている立場で、店の営業主体はあくまで法人だから。
営業許可書というのは、「この店は誰の商売か」という問いへの公的な答えなんですね。
そして法人が営業主体である以上、その店は法人事業所。法人事業所は社会保険が強制適用されるので、そもそも国保組合には入れない。組合の裁量ではなく、制度上そうなっている。
じゃあ名義を自分に変えればいいのか。調べたら、食品衛生法上「名義変更」という手続きは存在しませんでした。法人が廃業届を出して、僕が新規で許可を取り直す。つまり独立です。
保険料を下げるために独立する。さすがに本末転倒でした。
定額制が意味していること
断られてから、この制度の設計そのものが気になりました。
個人事業主が所得1円を増やすと、こうなります。
- 所得税 5〜45%
- 住民税 10%
- 国保料 12.74%
税率が一番低い帯でも、合計で3割近い。国保料が事実上「もう一段の税率」として乗っているわけです。
だから個人事業主は経費を使い、青色申告特別控除を取り、小規模企業共済やiDeCoで所得を削る。儲かっていないのではなく、所得という形にしない。全部合理的な行動です。
ここで国保組合の定額制が効いてきます。
保険料が定額になると、この圧縮ゲームから1つ降りられる。 所得が増えても保険料は動かないから、所得を素直に出すことへの抵抗が減る。
ざっくり計算すると、区の国保と釣り合うのは事業所得で単身なら約240万円、夫婦なら約320万円あたり。それを超えたら国保組合が有利になります。
裏を返せば、その線を超えて稼ぐつもりがある人ほど、この制度の価値が大きいということ。
ちなみに家族が増えると分岐点は上がります。国保組合は大人1人(40〜64歳)の追加が年18万円強なのに対し、区の国保は均等割83,000円。子どもでも国保組合が年12万円強、区は65,200円。どちらの場合も区の国保のほうが家族単価は安いんです。
「家族が多いから組合が得」は成り立たない。ここは意外でした。
それでも調べてよかった
結果としては入れませんでした。何も変わっていません。
でも、営業許可書の名義が自分の立ち位置をここまで規定していたという事実は、今回はじめてちゃんと理解しました。
業務委託店長は、リスクを負わない代わりに、店という資産も積み上がらない。健康保険という入り口から覗いたら、その構造がきれいに見えた。
Threadsの「国保の見直しかな」という8文字が、ここまで連れてきてくれたことになります。
区の国保のまま所得を圧縮していく道は残っているので、しばらくはそちらを詰めます。小規模企業共済とiDeCoは所得税・住民税だけでなく国保料にも効くので、あの2つは引き続き効率がいい。
そして60歳の引退から逆算したとき、いつか名義の側に立つ日が来るのかどうか。その問いは、宿題として置いておきます。